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約束の地

あの日あの時のキャロの想い出

東野美紀さんへのインタビューの日本語訳

幻想水滸伝 ゲームミュージック インタビュー

Game Music Onlineによる、東野美紀さんへのインタビュー記事を日本語に訳しました。やや専門的なインタビューということもあって説明が必要と思われる用語が頻繁に登場しますが、注釈を入れることはせずに原文の構成に忠実に記載しています。

例によって誤訳や翻訳抜けがあるかもしれませんが、その際はご連絡いただければ幸いです。

東野さんに関する情報はWikipediaGame Music Onlineによるプロフィールページも参考にするとよいと思います。

それでは、以下、インタビュー記事内容です。

東野美紀さんインタビュー:コナミを退職したことについて、ファンの皆さんへ、最愛の作品について

大学卒業後の1984年にコナミで働き始めてから、印象的な作品を作るクリエイターの第一人者として、東野美紀さんはゲームミュージック界において活躍してきました。東野さんはまず最初に軽快なメロディーで有名な「グラディウス」の曲を作り出し、その後も続々とヒット作を生み出してきました。

「沙羅曼蛇」、「T.M.N.T. 〜スーパー亀忍者〜」、「魂斗羅スピリッツ」、「プレミアサッカー」、そして「ときめきメモリアル」です。とは言え、彼女の作品で世界的に一番広く知られているのは「幻想水滸伝」シリーズではないでしょうか。

このインタビューでは、東野美紀さんの、作品に対する考えや現在の様子についておうかがいします。東野さんがコナミを離れてから10年が経過しましたが、東野さんはコナミで数多くの貴重な仕事をなされました。特に「グラディウス」および「幻想水滸伝」シリーズが広く印象的です。さらに仕事を離れた東野さんの最近の生活や活動についてもうかがっています。多くのゲームミュージックファンにとって必読のインタビューです。

インタビュー情報

インタビュイー:東野美紀
インタビュアー:Chris Greening
編集:Chris Greening
翻訳:Ben Schweitzer
コーディネーター:Don Kotowski

インタビュー

Chris Greening(敬称略):
東野さん、今日はこのような機会を頂き、大変嬉しいです。今日は東野さんが作られたゲームミュージックについてのお話を中心にお聞かせ下さい。

東野美紀(敬称略):
喜んで。

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Chris Greening:
今は東野さんは一線から退いていらっしゃいますが、昔の作品のことを思い出すことはありますか? 自分にとって最も良かった作品、あるいはあまり良くなかったと思う作品というのはありますか?

東野美紀:
良くも悪くも「幻想水滸伝II」が私を代表する作品になるかと思います。プロジェクトの初めからサウンドのスタッフは私とプログラマーの山根清彦さんだけでした。ただ、2人だけで作るにはあまりに大きなプロジェクトでしたね。私たちは数十ものBGMやSEを作らねばならなかったし、音色の選定やオーケストラや「Orizzonte」や歌の収録、それに加えもろもろの理由もあり大変でした(笑)。私たちはテスターの仕事も兼ねていて、それに割く時間があったのも理由の一つですね。

「幻想水滸伝II」の予算が多くはなかったためにこのような体制になったことは分かっていましたが、振り返ってみるとこれは本当に無謀だったと思います。でも当時は「もし2人とも困難な状況だと判断したら、いくつかの仕事はなんとかしてもらおう」とただ思い続けていただけでした。私たちは数ヶ月の間はプライベートな生活時間が持てませんでしたね。プロジェクトが終わるまでに私は結構痩せましたよ(笑)。

私はこういう形の制作の現場に居続けることはできなかったでしょうね。もっとたくさんの人で職務を分担できればいいんですけど。でも結果として私は多くの種類の物事を経験することができましたし、私のキャリアのうちでもっとも繁忙な時期をやり通すことができました。私は仕事に全精力を注いでましたので、この結果には本当に満足しています。


Chris Greening:
東野さんの音楽的背景については今までほとんど知る機会がありませんでした。ここで東野さんが受けて来られた音楽教育や、音楽経験について教えて頂けますか? ゲームミュージック業界に入るきっかけとなったのは何だったのでしょうか。

東野美紀:
私は5才のときにピアノとソルフェージュを始めました。父がクラシック音楽が大好きで、日曜の朝にはいつもクラシックを聴いていましたね。私は私立のミッション系の中高に通っていて、よく教会音楽を歌っていました。バンドを組んで、ソングライターとしてオリジナル曲を作曲したり唄ったりもしていました。

私は音楽大学に進みたいとは考えていましたが、ピアニストとしては十分な実力がありませんでしたので、作曲学科に進学しました。でも大学では現代無調音楽が至上のものとされていて、それは私が書きたかった音楽とは正反対の位置にありました。スティーヴ・ライヒの作品のようなミニマルミュージックについては、私の先生がこう言ってましたね。「私はこんな音楽は存在すら認めない」。

そんなわけで何もすることがなく、特にこれから何をしたいかということも見えずに退屈していたときに、私はコナミがアルバイトの作曲家を募集しているということを耳にしました。その募集がとても興味深いものに見えて、私はさっそく応募しました。それが1984年のことですね。その時までゲームミュージックというのが何であるのかを全く知らなかったので、私はとにかく私自身が思うところをそのまま曲にして作っていたら、たくさんの仕事を頂くことができました。「素晴らしい!ここが私の力を発揮できる場所だ!」って思いましたね。その後、私はどんどん曲を書き続けました。これが私のゲームミュージッククリエイターとしての始まりですね。

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Chris Greening:
東野さんはゲームミュージックの業界ではまだ新人だったにも関わらず、ヒットが約束されていた「グラディウス」の作曲を担当されましたよね。東野さんはなぜこのゲームにアップテンポでメロディックな音楽を選んだのですか?

東野美紀:
なぜああいう曲を選んだかって(笑)? それは多分私の中に、「グラディウス」のような「宇宙空間」というものは、コンピュータとかロボットとか未来とか、そんな感じのものが含まれるものだというイメージがあったからですね。だからそれらのコンセプトを表現するために、私はリディア旋法と変拍子、そしてテンポの速いアルペジオの手法を採用しました。速いテンポを用いたのは、たぶんいくつかはプログラミングの都合と関係があります。ただ私にとっては速いとは全く感じなかったんですけれども。

素晴らしいゲームミュージッククリエイターの多くは「Yellow Magic Orchestra (YMO) に影響を受けた」とおっしゃるんですけれども、私はYMOの時代はまだ4、5才の子供でしたよ(笑)。だから私の電子音楽の源は「クラフトワーク」から来ているんです。その影響は「グラディウス」の音楽に表現されていると思っています。


Chris Greening:
「グラディウス」があんなにも大きなヒットになるとは予想したのでしょうか?

東野美紀:
いやいや、全く思っていませんでしたよ! しばらくしてから初めて私は「グラディウス」が至上空前のヒットとなったことを知りました。美しいグラフィックと融合した「グラディウス」のクールで未来的な音楽に、ただ興奮していました。


Chris Greening:
東野さんはさらに2つのシューティングゲームに携わる機会を得ましたよね。「沙羅曼蛇(海外名は「Life Force」)」と「グラディウスIII」です。これらの楽譜は音楽的にそして技術的にどのように作られたのでしょうか。音楽チームとしてタイトルを通じて組織的に作られたのですか?

東野美紀:
プロフェット深見さん(深見誠一さん)が「グラディウスIII」のサウンドディレクターで、私は「彼のような」音楽を書きました。初代の「グラディウス」とは違ってサウンドシステム的には制限がほとんど無かったので、大規模な作曲を行わねばならず、そのため私は深見さんの手法を分析して学びました。

「沙羅曼蛇」は私がまだアルバイトの時の作品で、サウンドプログラマーの方に手ほどきを受けながら作曲をしていました。「もっとカッコ良くして」とかそんな感じですね。「カッコ良く」の意味が正確には分からなかったのでちょっと戸惑ったんですけど(笑)。私は何度も何度も曲を作り直して、最後にはシャッフルリズムをうまく使ったものが作れました。そんなわけで私は新しいスキルを得られましたし、結果として完成した音楽はかなり面白いものになったと思っています。


Chris Greening:
東野さんの他の単発的な作品として、「魔城伝説」や「T.M.N.T. 〜スーパー亀忍者〜」や「魂斗羅スピリッツ」などの作品がMSXやメガドライブ、スーパーファミコンで発表されていました。これらの作品を制作するにあたってのお話を聞かせて下さい。

東野美紀:
「魔城伝説」のときはまだアルバイトでしたので、私はただ楽譜を書くだけで、MSXというハードウェアを使う必要はありませんでした。「魂斗羅スピリッツ」については、初期の「魂斗羅」シリーズとは対照的に、映画音楽のようなものを目指したのですが、それは受け入れられたのでしょうかね?

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「T.M.N.T. 〜スーパー亀忍者〜」は「Thelonious Monkees」所属のD.J. Ada-san(安達昌宣さん)とコラボして作りました。安達さんはテクノミュージックに造詣が深かっただけでなく、音楽一般に通じていましたので、彼から学ぶものは多かったですね。彼は短いドラムで譜面を埋めていくようなことに対してとても情熱的でした。サウンドシステム上で容量が制限されていましたので、圧縮された後の音に対してでさえ、彼は3日から4日を用いてチューンナップしていました。私もまたリズムラインの仕事をせっせと進めていました。


Chris Greening:
サウンドシステムの限界というものに打ち勝つために、何か試みたことはありますか?

東野美紀:
私だけでなくコナミのサウンドスタッフ全員だと思うのですが、サウンドシステムの限界を超えようとしながら音楽や効果音を作るということには無数の時間を費やしています。根気強くトライアンドエラーを繰り返しながら物事を進めていかなくてはならず、それは日本のサラリーマンの仕事の進め方そのものですね。そういう仕事の進め方に直面し、私の音楽や仕事に対する認識というのは劇的に変わりました。


Chris Greening:
先ほど「Thelonious Monkees」について言及がありました。「moon」のようなプロジェクトなど、彼らとのコラボレーションについて教えて頂けますか。東野さんは「Thelonious Monkees」のメンバーだったのでしょうか。

東野美紀:
私は「Thelonious Monkees」のメンバーではないですよ。そして「moon」にも曲は提供していません。しかし彼らとは良い友達であり、「LOVEdeLIC」のオフィスの近くではよく足を止めます。彼らは皆たいへん独創的なアーティストで、既存の概念に囚われていませんよね。


Chris Greening:
東野さんは「ときめきメモリアル」シリーズにも参加されていました。このシリーズではどのような活動をなされましたか。この作品がきっかけとなって、作曲家というよりもソングライターとして自認するようになったのでしょうか。

東野美紀:
最初にも申し上げたとおり、私はバンドのために楽曲をいくつか書いており、始まりとしてはソングライターでした。だから「ときめきメモリアル」シリーズは作っていて面白かったですね。そして楽曲に加えて私はいくつかのキャラクターのテーマや、ショップなどのBGMを作りました。ボイスについてはいくらでもアレンジしていいという許可が下りていました。まさかこのゲームがあんなにも大きな社会現象になるとは思っておらず、しばらくは信じられませんでしたが、今となっては私が好きな作品の一つですね。


Chris Greening:
東野さんは1995年に発表した「幻想水滸伝」により、PlayStationが持つ膨大なポテンシャルを示した最初のクリエイターです。民族的かつオーケストラ音楽であるこのゲームの音楽とこのゲームの世界観とをどのように結び付けられたのですか? 誰か特別なアーティストに影響を受けているのでしょうか?

東野美紀:
「幻想水滸伝」のプロジェクトの最初に、私は2日間かけてシナリオを読ませて頂きました。それだけでも私の中に音楽のアイデアが浮かんできました。

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「幻想水滸伝」は中国文学史で最も有名な作品の一つが土台となっています。しかしゲーム内に登場する街や村やキャラクターのイメージは東洋から西洋まで全世界に広がっています。したがってこれは単独の音楽ジャンルでは表現できないと思いました。まず第一に、ゲームは巨大なスケールで作られており、似たような世界観を持ったRPGというのはこれまでに無いだろうというのが偽らざるところでした。だから私は「ファイナルファンタジー」とか「ドラゴンクエスト」とかとは全く異なった手法で作ることを決意しました。

開発チームからは全キャラクター分の音楽を作ってほしいと言われましたが、108人分もの音楽を作るのは無理な話ですよね。個人的に、私にとってキャラクターが立っていたのは、ネクロードとミルイヒ・オッペンハイマーでした(笑)。


Chris Greening:
東野さんの音楽は、「グラディウス」のような単純で魅力的なチップチューンのものから、「幻想水滸伝」のような精密な世界観のもとに作られたものに大きく様変わりしました。これは主に技術的な要因によるものなのでしょうか? それともコナミで働いていたことによるものなのでしょうか?

東野美紀:
両方ですね。3チャンネルしかない昔のハードウェアで音をつなげ合わせて開発していくのと、制限がないPCM音源で開発していくのとではその手法は違うものになります。また、私がまだアルバイトの時代は、サウンドプログラマーの方がサウンドについての決定権を持っており、技術的な面はあたかもブラックボックスに包まれているようでした。

私が後期に携わったゲームでは音楽制作に関して多くのことを任せてもらえましたし、スケジューリングや予算に関しても話を聞いてもらえるようになりました。また私はコナミで、私がミュージシャンとしても人間としても尊敬できる方たちとのコラボレーションを通じて、刺激を受け続けていました。


Chris Greening:
「幻想水滸伝II」は当時としてはその質も量も全くもって前代未聞の作品でした。どのようにしてこの作品を作り上げたのでしょうか?

東野美紀:
「幻想水滸伝II」は「幻想水滸伝」に比べてそれはそれは膨大なスケールの作品でした。その事実は当時私の目の前にあった分厚いシナリオを通じて知っていました。村や街の数は明らかに増加しており、私はより計画的に音楽を作り上げる必要性を感じました。

私はまず頂いたマップ全体を見渡し、それぞれの地域にどんな人が住んでいるのか、どんな文化が展開されているのかということに思いを馳せました。どんな気候なのか、どんな種族がいるのか、どんな産業が発達しているのか? それから私は「ここにはケルト音楽とアーリーミュージックを使おう」とか「スペイン音楽とファドを南の街には使おう」とか「ミドルイースタン音楽をあそこには使おう」とか「『ロッカクの里』では日本音楽を使おう(これは当たり前ですね)」とか、そんな感じでそれぞれの地域の音楽を決めていきました。

街に入るとあたかも実際にその街にいるような感じを味わえる。それはまるでプレイキャラを通じてゲームの世界を旅行しているような感じではありませんか? それを実現するため、私は様々な伝統音楽や民族音楽を聴くことに多くの時間を割きました。

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Chris Greening:
「幻想水滸伝II」は東野さんにとって最高の作品だったのでしょうか? それとも他にそのような作品はありますか?

東野美紀:
うーん、私が「幻想水滸伝」シリーズに携わった時間というのは本当にわずかだったのですけれどね…。

実際、私が個人的に最も好きな作品はアーケードゲームの「プレミアサッカー」です。このゲームの音楽はフュージョン音楽で、「幻想水滸伝」や「グラディウス」とは全く違うものなのですが、その音楽自体は私というものをよく表していると思います。このゲームでは私はまた効果音も担当しました。売上としてはヨーロッパの特にイタリアで大ヒットしたと聞いています。まだ日本でも大きなゲームセンターや温泉街のゲームコーナーでプレイできるかもしれないですね。シンプルなサッカーゲームですが、とても面白いんですよ。この作品は私の最初の単独プロジェクトであって楽しくやらせて頂きましたし、このゲームの音楽を聴くと当時の私の楽しい気持ちが思い返されますね。私は毎日、学生の女の子みたいにめまいがするような忙しさで働いていましたね。


Chris Greening:
「幻想水滸伝」も「グラディウス」も重厚な作品であり、様々なサウンドトラックやアレンジアルバムが発売されています。これらに対してはどのようにお考えですか? 特に2つの作品、「GRADIUS in CLASSIC II」と「幻想水滸伝II音楽集 ~Orrizonte~」についてお聞かせ下さい。

東野美紀:
私は実は自分でアレンジすることは好きではないんですよね。なぜかと言うと、私は自分でアレンジしたものより、私の作品を他の人がアレンジしたものの方が好きなんです。私でない誰かがアレンジしたりリミックスしたりすると、私が見えていなかったその曲の一面が見えてくるんです。

「GRADIUS in CLASSIC II」では私は山根ミチルさんとともに少しだけアレンジに参加しました。しかし他の仕事で忙しかったためにロンドンでのレコーディングに参加できませんでした。私たちはそれぞれ担当している部分の楽譜を送らなければいけなかったんですが、東京からロンドンのスタジオまでFAXで送ったんですよ!

「幻想水滸伝II音楽集 ~Orrizonte~」の「Orizzonte」というのはイタリア語で地平線という意味があります。デザイナーがスペルを間違えてしまったため、最終的にも「orrizonte」という名称で商品として発売されてしまいました。「orrizonte」ではなく「orizzonte」が正しいスペルですよ! この作品内では吉野裕司さんと上野洋子さんもアレンジに参加されています。私はコーラスとして参加しました。一流のミュージシャンの方たちとご一緒できて素晴らしかったですね。


Chris Greening:
東野さんはコナミを退職される前に「幻想水滸外伝」というタイトルで一度だけ「幻想水滸伝」シリーズに復帰して参加されています。この仕事がコナミでの最後の仕事ということでよろしいですか?

東野美紀:
はい、そのとおりです。


Chris Greening:
コナミを退職された理由を教えて頂けますか?

東野美紀:
ある日、音楽の神様が私にささやきかけているように感じたんですね。「重荷を下ろすときなんじゃないか? もう十分やり遂げただろう。今が人生を変える最後のチャンスだぞ。分かってるな?」って(笑)。

私は仕事に全精力を注ぐタイプなので、安定した生活というのは全く送れなかったのです。一定の間隔で仕事は舞い込んできますし、その度に私は全てをリセットする必要がありました。私は、マイホームを建て、母親になるという人生設計を持っていました。そしてそれを達成するための最善の道について考えた後で、コナミを退職しました。周囲の人にとっては突然の退職だったかもしれませんが、私は一番賢明な判断だったと思っています。

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Chris Greening:
「ツキヨニサラバ」でゲームミュージックの世界へわずかの期間ですが東野さんは戻って来られ、ファンに驚きを与えました。光田康典さんとのコラボレーション作品でもある本作品に東野さんが参加された理由は何でしょうか。どのようにこのスタイリッシュな作品を完成させたのでしょうか。

東野美紀:
子供が生まれてからすぐに、私は「幻想水滸伝」シリーズのクリエイターである村山吉隆さんからオファーを頂きました。過去を振り返ってみても村山さんは私にとって最も重要だった上司であり、私はそのオファーを断りたくはありませんでした。私が「ツキヨニサラバ」のプロジェクトにサインをしたときには光田康典さんはすでにテーマを書き上げていました。

私はジャズというものが極めて難しいものだと知っていましたので、私の音楽の中にジャズ性を見つける作業というものをまず始めました。ビバップやアシッドジャズというものが私の音楽の中から見つかり、私はその整理を始めました。しかし私が必要としていたような十分な量の蓄えがありませんでした。それ以前に私はまず第一に子供の世話をしなければならず、十分な睡眠も取れずにいました。結果的に私は家族やクライアント、そして光田さんに多大なご迷惑をお掛けしてしまいました。それが私が後々に仕事からしばらく離れた理由ですね。


Chris Greening:
東野さんはゲストとして多くの作品に参加されています。「ポップンミュージック 15 ADVENTURE」や「オトメディウスG」、「スーパーレアトラックス(ゲ音団)」などです。これらについてお話をお聞きしてよろしいでしょうか。これらの作品には今日の東野さんの音楽が反映されているのでしょうか?

東野美紀:
「ポップンミュージック 15 ADVENTURE」については、友人である平田祥一郎さんがアレンジを担当して下さいました。Sanaさんが唄って下さり、私は曲と詞を書きました。ソングライティングはやっぱり最高!「ゲ音団」については後ほど触れますね。


Chris Greening:
「グラディウス」や「幻想水滸伝」シリーズで作られた音楽的資産は、古川もとあきさんや三浦憲和さん、Basiscapeなどに引き継がれていると思います。東野さんは現在、これらのシリーズの作品を追いかけておられるでしょうか? もしそうだとしたならば、それらの作品の音楽についてはどう思われますか? 続編についてはどのような思いでしょうか?

東野美紀:
私の先輩である古川もとあきさんは「グラディウスII」で力強く印象的な作品を作り上げました。初めてこの作品の曲を耳にした時、ジャンルを絞って作曲をするという彼のスタイルと、経験を活かして独創性を出すという私の作曲スタイルは相容れないものだなと感じました。しかし「グラディウス」シリーズの後々の作品は、彼のスタイルと私のスタイルとを融合した素晴らしい作品になっていると思います。

「幻想水滸伝III」以降の「幻想水滸伝」シリーズの作品に関しては、耳にする時間が取れていませんのでコメントを申し上げることができません。

他の人が作った作品の続編を作ることというのは非常に難しいことだと思います。個人的には、過去の亡霊に囚われるよりかは、その人独自のカラーを加えてなおかつ革新的な変化を与えるような新鮮な手段を模索する方が音楽的には興味深いことだと思います。質問で挙げられた過去の作品が私以外の誰かのものであったとして、私はそのような観点で作品を作りたいですね。もちろんプロデューサーはこういう手法を嫌うでしょうけど(笑)。

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Chris Greening:
東野さん、今日はお時間を頂き、誠にありがとうございました。東野さんがまた新しい作品を発表してくださることを期待しています。これからの展望はございますか? また、全世界にいらっしゃる東野さんのファンに対してメッセージをお願いします。

東野美紀:
皆さん、こんにちは!

2011年の3月に、日本の東北地方は強大な地震と津波に襲われ、原子力発電所もダメージを受けました。私はショックで、しばらくの間は落ち込んでいましたが、今はだいぶ良くなっています。日本への支援を行ってくださった皆様に感謝を申し上げます。

東日本大震災の後、世界中の人々がTwitterとFacebookで結束しました。私は今、遠くにいる人々がとても近くにいるように感じます。奇妙な感覚ではありますが、それと同時に頼もしいことであると思います。

「東野美紀は最近どうしてるの?」と皆さんはお思いのことでしょう。私は今、子育てに忙しくしております。しかしちょっと前に私の親友である竹ノ内裕治さん(TECHNOuchi)から連絡があり、「ゲ音団」のチャリティCDである「スーパーレアトラックス」に参加しました。

この作品は「4starオーケストラ」という東京で開かれたイベントで限定販売されました。残念ながらもう入手することはできないのですが、600枚以上を売り上げることができ、100万円以上を寄付させて頂きました。私も「トモダチ」としてCDで協力することができました。単にお金を寄付できたということでなく、音楽を通じてサポートできたということが私にはとても嬉しいことでした。音楽には優しさ、慰めといった意味が含まれ、希望や祈りといったものが内包されています。家族や友人や故郷といった大切なものを失ってしまった人たちに捧げられるものが、音楽なのです。

長い長いインタビューを最後まで読んで頂きありがとうございました。またいつかお会いしましょう。

東野美紀

2012年1月

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