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約束の地

あの日あの時のキャロの想い出

平成22年度学位記授与式における鷲田総長の式辞

平成22年度卒業式・大学院学位記授与式を挙行しました ― 大阪大学

http://www.osaka-u.ac.jp/ja/news/topics/2011/03/20110325_1

いま、「生き残った」という思いに浸されている人はけっして少なくないでしょう。「生き延びた」ではなく「生き残った」というこの感覚にはどこか、被災しなかったこと、あるいはそれがごく少なかったことへの申し訳のなさのようなもの、罪悪感のようなものがつきまといます。こういう隔たりはだれもすぐには埋められません。すぐには超えられません。

阪神淡路大震災のときに、わたしは当時神戸大学の附属病院に勤務しておられた精神科医の中井久夫先生から一つの言葉を教わりました。copresence という言葉です。中井先生はこの言葉を「いてくれること」と訳し、他人のcopresence が被災の現場でいかに重い意味をもつかを説かれました。

人にはこのように、だれかから見守られているということを意識することによってはじめて、庇護者から離れ、自分の行動をなしうるということがあるのです。そしていま、わたしたちが被災者の方々に対してできることは、この見守りつづけること、心を届けるということです。

昨年亡くなられた文化人類学者の梅棹忠夫さんは、亡くなられる直前のインタビューにおいて、いつも全体を気遣いながら、自分にできるところで責任を担う、そういう教養のあるフォロワーシップについて語っておられました。そしてその話をこんな言葉で結ばれました。..「請われれば一差し舞える人物になれ」。

もしリーダーに推されたとき、いつでも「一差し舞える」よう、日頃からきちんと用意をしておけ、というのです。わたしはみなさんに、将来、周囲の人たちから、「あいつにまかせておけば大丈夫」とか「こんなときあの人がいたらなあ」と言ってもらえる人になっていただきたいと心から願っています。そう、真に教養のあるプロになっていただきたいのです。そのために大学に求むるものがあれば、いつでも大学に戻ってきてください。

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